
1990年代の頭角を表し、今もなお世界のクリエイティブシーンを牽引する存在として知られるロンドンを拠点にしたアート集団「TOMATO」。その創設メンバーの1人であるサイモン・テイラーと、W+K TOKYOのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務めながらも「TOMATO」のメンバーに名を連ねる長谷川踏太。2人の対話から紐解いていく「TOMATO」というアイデンティティ。そしてサイモンが手がけるブランド〈ワーク ノット ワーク(WORK NOT WORK)〉について。
Photo_Miri Matsufuji
Edit_Hiroshi Yamamoto
長谷川踏太
1972年東京生まれ。1997年ロイヤルカッレジオブアート(英国王立美術大学大学院)、修士課程修了。その後、 ソニー株式会社デザインセンター、ソニーcslインタラクションラボ勤務などを経て、2000年ロンドンに本拠を置くクリエイティブ集団TOMATOに所属。現在はW+K Tokyoのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務める。
wktokyo.jp
サイモン・テイラー
イギリス出身。バース芸術大学、ロンドンカレッジ・オブ・プリンティングBA グラフィックアート科卒業。創立メンバーとして所属するTOMATOは、グラフィックデザインや映像もとより、ファッション・建築界隈に与えた影響力は計り知れず、いまや世界屈指のクリエイティブ集団として知られている。
www.tomato.co.uk
worknotwork.net
-まずは「TOMATO」結成の経緯から教えてください。
サイモン: TOMATOはもともと溜まり場みたいな感じで始まりました。設立前、僕の周りには音楽、映像、グラフィックにプロダクトデザインまで、あらゆるジャンルのスペシャリストが自然と集まっていた。せっかくなら、この才能溢れるメンバーのクリエイティブ・プロセスをシェアできる場所を作れないかなと考えました。そこで1つのオフィスを借りてシェアしたのがTOMATOの始まりです。1991年のことなので、今から20年以上も前の話ですね。
長谷川: 実際にオフィスに足を運んでみるとわかるんですけど、まるで学校の延長みたいな場所なんですよ。1995年には会社として登記してはいるけど、あまりにも自由で全然会社っぽくない(笑)。ほとんどの人が別の仕事を持っていますし。
-「TOMATO」というユニークなネーミングについて教えてください。
サイモン: 実はまったく意味を持たない単語を繋げただけなんです。「TO」と「MA」と「TO」、1つ1つの言葉の響きと繋げたときの音感が良かったから「TOMATO」と名付けました。残念ながらベジタブルのトマトじゃありません(笑)。
-仲間内が、オフィスを設け、屋号を付け、1つのユニットになったわけですね。
サイモン: そうですね。だからといってメンバーの関係性に大きな変化はありません。そもそも平等な集まりでしたから。一方で、対外的にはとてもミステリアスな印象を与えていたようです。TOMATOという謎の集団が、あらゆるジャンルを巻き込んだ面白いことをやっているぞ、と。
-TOMATOは1996年に公開された映画『トレインスポッティング』のアートワークで一躍脚光を浴びました。それ以前は、どんな仕事をされていたんですか?
サイモン: TOMATOのメンバーが所属しているアンダーワールドのアートワークを手がけたり、ロンドンの地下鉄のグラフィティにフォーカスした映像を作ったり、ジャンルに縛られることなくいろいろやっていました。なかでも反響が大きかったのは、世界最古の文学作品『ギルガメッシュ叙事詩』のエキシビションを計画したとき。結果的には開催することはできなかったんですが、事前告知を雑誌に掲載したら、驚くほどの問合せがありました。
-映像からCDのアートディレクション、はたまた古典文学まで。その時点で、TOMATOという集団はカテゴライズできない活動をしていたんですね。ちなみに『トレインスポッティング』の爆発的なヒットによって、TOMATOにはどんな影響があったのですか?
サイモン: おかげでたくさんの仕事の依頼がありました(笑)。人が増えて、会社の規模が大きくなって。一番多いときで35人くらいいたんじゃないかな。だからといって仕事へのスタンスも変わることなく。むしろ、人が増えたことによって、それまで以上に様々な仕事を受けることができるようになりました。
-一方で大勢のクリエイターをコントロールするのも難しい気もします。
サイモン: そもそもコントロールする気が無いですからね(笑)。僕らはゆるいコミュニティなんです。だからこそコミュニケーションの質が重要になってくる。さすがに35人もいたときは、すべての人と意思疎通のとれたコミュニケーションをとれていたとは言えませんが。
-今は10人弱ですよね?
サイモン: そうですね。家族くらいのサイズ。TOMATOのようなセンシティブな集合体には、これくらいの人数がちょうどよいんです。メンバー同士もお互いを熟知できているので、コミュニケーションもスムーズに取れますし。
-そんな少数精鋭の1人として、長谷川さんが在籍しているわけですね。そもそも長谷川さんはTOMATOがスタートした91年頃は何をされていたのですか?
長谷川: ロンドンに留学したのが、ちょうど91年なんですよ。だから大学生ですね。TOMATOの存在は、その2年後になる大学3年の頃に知りました。日本のデザイン系の雑誌に載っていたのを、友達に見せてもらったのが最初ですね。それからあっという間にデザインシーンを席巻していって。
-長谷川さんは当時、TOMATOにどんな印象をお持ちでしたか?
長谷川: いや、普通に「そんなグループがいるんだー」っていう感じですよ(笑)。そういえば、僕が通っていた大学の特別講師としてTOMATOのメンバーが来ることもありました。それがまた態度が悪くて(笑)。学生の質問に「そんなこと知らねえよ」って答えていましたからね(笑)。
-大学の講義にお呼ばれするほど人気があったわけですね。
長谷川: そんななか僕はコンピューターをイジることに没頭していて。そのときの先輩がantirom(のちのTOMATO INTERACTIVE)というユニットを始めたんです、僕もたまに参加したりして。そのantiromがオフィスを構えた場所が、TOMATOと同じビルだったんですよ。
-そこでサイモンに出会うわけですね。
長谷川: antiromのオフィスにお邪魔しているときに、僕の作品をTOMATOのメンバーに見せることになって。そのときに見てくれたのが、サイモンでした。
-そのときに見せたのはどんな作品だったんですか?
長谷川: コンピューターにマイクを付けて、そこに息を吹きかけると何かが起きる、インタラクティブアートのようなものですね。今となってはそんなに目新しいものではありませんが。
サイモン: とはいえ、当時は携帯電話もコンピューターも普及していない時代ですよ。まるでサイエンスフィクションの世界に迷い込んだような気分でした。同時に彼自身にクリエイターとして大きな可能性を感じたのを憶えています。
長谷川: そこからTOMATOのサブメンバーみたいなポジションで、お仕事をお手伝いするようになったんです。ただ、僕はビザの問題もあったので、日本に帰らなければいけなくて。
-帰国した日本でソニーに就職したということですね。
長谷川: 僕は最先端テクノロジーに興味があったので、大きな企業であればそういったテクノロジーに触れることができるだろうと思い、ソニーに就職したんです。ただ、徐々にロンドンに戻りたくなってきてしまって(笑)。ソニー時代の最後の1年はとても実験的な部署に所属していて、自分がやっていることを世の中に見せる事ができないというジレンマもありましたし。そんな時期にTOMATOのメンバーがワークショップを行う為に日本に来ていたんです。そこで、当時のTOMATOのマネージャーが「就労ビザはなんとかするから、うちに来い」と言ってくれて。
サイモン: その頃は日本での仕事も増えてきていたので、トウタのような人材を求めていました。しかも、彼の作品はとびっきり素晴らしい。トウタをTOMATOのメンバーとして招き入れるのは、自然というよりも必然でした。
-その後、サイモン、長谷川さんのコンビで仕事をすることもあったんですか?
サイモン: たくさんのプロジェクトを一緒に手がけてきました。なかでも思い出深いのはVJとして世界各国を2人で旅したことですね。ヨーロッパに東京、ニューヨーク。当時はVHSが全盛の時代だったんで、荷物がとにかく重くて(笑)。
長谷川: KDDIデザイニングスタジオのオープニングのインスタレーションも手がけましたよね。携帯電話のGPS機能を利用した宝探しのようなワークショップを開催したり。
-お互いに仕事仲間としてはいかがでしたか?
長谷川: 正直言ってしまうと、TOMATOのメンバーのなかではサイモンが一番仕事しやすかったですね(笑)。とにかく判断が速くて、具体的。オファーを受けた瞬間にやるべきビジョンが明確に見えていて、そのビジョンを伝える能力にも長けている。
サイモン: 僕は常にいろんなことを考えているからね。いろんなアイディアをストックしておくことで、クライアントの要望にスピーディに答えられるようにしているんです。
長谷川: そのアイディアが明確だからこそ、僕らもすぐに取りかかることができるんです。結局、10年くらい在籍していたなかで、サイモンとの仕事が一番多かったんじゃないかな。
-長谷川さんは現在、TOMATOのメンバーでありながら、W+K Tokyoのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターを務めています。これは一体、どういうことなんですか?
サイモン: TOMATOはクラブみたいなものなんだ。
長谷川: フリーメーソンみたいな感じなんですよ(笑)。TOMATOは会社組織のようにシステマチックに人を管理していない。オーストラリアの大学の学長もいれば、ドイツの大学の教授もいる。サイモンだってロンドンを拠点に日本のパートナーと共に〈ワーク ノット ワーク〉というブランドを展開している。そして僕はW+K Tokyoの職に就いている。例え一緒にいなくとも、メンバーのみんなとはTOMATOとして繋がっているんです。いずれ各々の経験を持ち寄って、改めてTOMATOとして何ができるのか。それが楽しみなんですよ。
-こうやって〈ワーク ノット ワーク〉というブランドを通してお二人にお話しを伺うのも、繋がりの1つだと思います。長谷川さんは店頭でコレクションをご覧になっていかがでしたか?
長谷川: サイモンらしいなとは思いました。イギリスの伝統的な風習をモチーフにしたり、自身の祖先からインスピレーションを得たり。物作りの背景にあるストーリーが手に取るように見えてくる。なんというか、そのストーリーにリアリティがあるんですよ。結果、服に説得力が生まれてくる。それはTOMATOでの仕事の進め方に近いものを感じました。
サイモン: 〈ワーク ノット ワーク〉は、身近な人や物からインスピレーションを得て、それを探求することから物作りは始まります。例えば2014年秋冬のコレクションのテーマである"The Printer"。これはかつての機械科時代の印刷工場で働く印刷工員にインスパイアされています。その印刷工員というのは、僕の高祖父のことなんです。
-サイモンだからこそ紡げる物語になっているということですね。
サイモン: そうですね。〈ワーク ノット ワーク〉の定番アイテムであるポーチャージャケットも、僕の実体験がモチーフになっています。このジャケットは、幼少の頃に近所に住んでいたおじさんが着ていたジャケットをベースにしているんです。狩猟が趣味で、僕に銃の扱い方や狩猟の方法を手取り足取り教えてくて(笑)。その記憶をもとに現代的なエッセンスを加えて、形作っていきました。
-実体験をもとにしているからこそ、リアリティがあるわけですね。長谷川さんはTOMATO結成前のサイモンが手がけていた〈サイモン テイラー〉も目にしていたと伺いました。当時と今では服作りに対するアプローチに違いを感じますか?
長谷川: 〈サイモン テイラー〉は、テクノとかハウスといった電子音的なイメージが強かったですね。それが〈ワーク ノット ワーク〉では、とてもアコースティックになった印象を受けます。
サイモン: あの頃はがむしゃらでしたからね(笑)。ファッションへの理解が浅いなか、絵の具をキャンバスに投げつけるように、思い付くままに形にしていました。今はきちんと筆を持って絵を描いているので安心してください。ブランドを持つことの意味や価値、人に与える影響まで丁寧に考えて、物作りをするようにしています。

(中)硫化染めを施したリネンを使用したエンジニアトラウザー。¥25,000(税抜)
(右)Vゾーン浅めのウールベストは、両玉縁ポケットでシャープな印象に。¥32,000(税抜)
-クオリティに対してのこだわりも特筆すべき点です。
サイモン: すべてが日本製で、仕上がりも素晴らしい。日本には昔ながらの製法を可能にする機械と、その機械を操れる卓越した職人技術、双方を持ち合わせている。こういった技術を駆使できたのは、日本のパートナーであるアーバンリサーチのおかげです。
長谷川: それでいて、サイモンらしいグラフィカルな部分もありますよね。そのミックス具合が〈ワーク ノット ワーク〉の真骨頂なのかなと。
-〈ノット ワーク ノット〉の今後についても教えてください。
サイモン: "アルチザン クラシック"という基本のコンセプトは変わりません。だからといって昔ながらの物のレプリカを作っても面白くない。むしろ、過去に敬意を払いながら、現在のカウンターカルチャーの要素をどのように入れていくのかが重要だと思っています。ブランドというのは、コンセプトは変わらなくともアイディア次第でどんどん変化をしていく必要がありますからね。
-それでは最後に世界のクリエイティブを牽引してきたお二人に伺います。今後、よりファッションを面白くするためには、何をすべきなのでしょうか?
長谷川: この10年でファッション、ブランドという価値観は大きく変わりました。だからこそ、各ブランドが自らの立ち位置を客観的に把握しなければいけないし、その立ち位置に相応しいアプローチをする必要がある。そこで同意してくれた人が、そのブランドの服を買う。それは表層的な部分ではなく、哲学的な部分。ただ、残念ながら日本は哲学的な部分が浸透しにくいお国柄ではあるんですよね。だからこそチャレンジする甲斐もあるとは思うんですが。
サイモン: 服を着るという行為はとても自然なことです。世界のほとんどの人が、無意識に当たり前のように日々、服を着ています。この無意識を意識的なことに変えていく必要があるんだと思います。僕自身、 〈ワーク ノット ワーク〉というブランドを通して、意識の変化を促していければなと。だからこそ、多くの人に〈ワーク ノット ワーク〉のコレクションを見てもらいたいんですよね。是非、店頭に足を運んで手にとってみてください。
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